横浜松坂屋
何気なくヤフートップを見たら、
「横浜松坂屋 閉店セールに行列」っていうトピックスを発見。
10月に閉店するっていうニュースは
前から知っていたけど、
なんか、いよいよ閉店なんだなと思うと、
あんまり感傷にひたるタイプではないんですが、
色々なことが頭の中をよぎっていきました。
子供のころ、横浜松坂屋のおもちゃ売り場は、
間近にある最高の遊び場で、
たぶん、1日に1回はおもちゃ売り場をウロチョロしてたと思う。
貧乏だったんで、1000円を超えるようなモノを買ってもらえるのは、
誕生日とクリスマスだけだったけど。
それでも、お水だった母親のお客さんとかに、
「欲しい本がある」とテキトーなことを言って小遣いもらって、
ミニ四駆買ったり、BB戦士を買ったり、
子供なりに、ずいぶん横浜松坂屋の売上には貢献したと思う。
小学校1年の誕生日にフラッと現れた父親が、
クレジットカードでTOMIXのNゲージセットを買ってくれたことが、
一番でっかい思い出かな。
おもちゃ売り場に行かない年になってからは、
あんまり売上に貢献できなかったかな。
まあ、最近は休日でもあんまりお客さん入っていなかった感じがしたし、
閉館するなぁって予感はなんとなくしてました。
でもね、なんだかニュースを見たら、タテモノは築87年らしい。
やばくねぇか、ずいぶんと頑丈じゃないか。この地震大国で。
確かに階段とか、エスカレーターとかちょっと小さくて、
まだ日本人の平均身長が低くて、小柄だった時代に、
建てられたんだなという面影は随所にあった。
なんだかそう考えると、
できれば壊してほしくないなー、あのタテモノ。
一応、文化財的な感じで外観を保存する方向性らしいけど。
実家が横浜松坂屋の裏側にあったから、
うちに陽があたらなかったんだよね(笑)。
いつもその背中を見てました。
そして、時々、夜中にベランダからその背中に向って、
でかい声で叫ぶと、反響して、声が響くんです(笑)。
「アメリカなくなれ~」とか、
「月に帰りてぇ~」とか叫んでました。
嘘ですけど(笑)。
でもまあ、とうとうシンボルの1つだった、
横浜松坂屋がなくなるっていうことで、
伊勢佐木町が一段と寂れてしまうような気がします。
横浜松坂屋と有隣堂が向かい合って建ってて、
映画舘がそれこそ10軒くらいあって、
小学校に上がる前までは、間違いなく、
横浜西口よりも桜木町よりも、伊勢佐木町は栄えていました。
でも、ここ10年くらいの間に、
丸井とか、日活会館とか、関内アカデミーとか、森永LOVEとか、
喜楽焼とか、ラオックスとか、ヤマギワ電気とか、東宝とか、
馬車道丸井とか、小さい飲食店とかが、どんどん無くなっちゃって、
あーあと思っていたら、とうとう横浜松坂屋。
昔、作家の五木寛之さんが、
街や国にも春夏秋冬があるっていうエッセイを書いていたんだけど、
明治、大正、昭和、平成って歴史を重ねてきた伊勢佐木町は、
今は冬の時期なのかな。
また、春が来るのが待ち遠しいけど、
それは俺たちの世代が生きているうちに来るのかな(笑)。
って、散々思い出に浸ったけど、
俺の生まれ育った町名は、福富町。
伊勢佐木町出身の人に、福富町と一緒にしないでって言われる、
ギャンブルと風俗と麻薬と地下銀行と
悪そうな人(国籍問わず)の街です(笑)。
という感じで、
横浜松坂屋が潰れようと
横浜スタジアムがなくなろうと、
中華街が中国に割譲されようと、
武藤敬司風に言うと「横浜ラブ」な私です(笑)。


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